今は本を読むことぐらい

本のある充実した時間 でもそれだけでは物足りない

「エシカルな農業-神戸大学と兵庫県の取り組み」

エシカルな農業-神戸大学兵庫県の取り組み」

伊藤一幸編  誠文堂新光社  2016年

 

 

 タイトルに釣られて手に取った本であるが、「エシカル」な農業について書かれているのは本書の一部だけではないか、という疑問を持ちつつ興味深く読みとおした。

 

 本書は前半で神戸大学農学部兵庫県篠山市との農業だけにとどまらない連携した取り組みを、そして後半では豊岡市をはじめ但馬地方におけるコウノトリを大切にする農業についての取り組みを紹介したものである。

 

 大学はどうしても理論が先行しがちで現場での経験が少なく、また農村地域は抵抗があって余所者をなかなか受け入れられず今までと違う新しいことを始められない。特に地域での受け入れに関しては集落の代表者が皆の意見を取りまとめられないとうまくいかない。そうした中でもともと神戸大学農学部の前身が篠山市にあったこと、そして大学が篠山市内にフィールドステーションを開設して活動を行うことから双方の交流がスムーズにいったのではないか。様々な取り組みが紹介されており、学生の農業実習の受け入れ、特産品の開発、害獣からの農産物の保護、里山・森林管理、農業技術の次世代への継承、畜産物の開発などが専門の教員によって語られる。さらにコウノトリの保護・繁殖を目的とした水田運営(コウノトリのエサの繁殖に適し、かつ米の収量を落とさない稲作)などへの取り組みも紹介されている。ただ、編集後記でも書いてあるとおり、本書は図表やイラストなど本文の理解を助けるものが少ないのが難点か。特にこういった一般向けの書籍であるならなおさらそういったものがあると分かりやすい。

 

 フィールドワークが主体となり、かつ短期間で結果が出ない取り組みとなるため、手法の良し悪しの検証が長期にわたるのがネックとなるものの、地域の具体的な課題について一つずつ対処していく姿勢を見ていると自分にも何か出来ることはないものかと考えてしまう。本書では兵庫県での取り組みが紹介されているが、他地域でも同様に種々の課題があるに違いない。そんな地域の課題解消方法のヒントになるのではないか。なにも連携先が大学に限ることもなく、さまざまな組織が関わって行けば良いことだし。

 

 篠山市は黒豆を筆頭とする農産物(丹波の○○として流通する)で良く知られているが、今後さらにそのブランド化を進めていくことを大きな目的として住民投票を行い、2019年5月から「丹波篠山市」に市名変更することが決まった。

 

 

「回転寿司の経営学」

「回転寿司の経営学

米川 伸生著  東洋経済新報社  2011年

 

 

 回転寿司。

 登場当時の安かろう悪かろうというイメージから脱却して市民権を得た業態。もちろんつけ場の職人によって握られる鮨とは大きな違いがあるものの、価格と味の一つのスタンダードを作って来たのではなかろうか。

 

  この本では回転寿司の歴史の解説から始まる。大阪の元禄寿司が発祥で、その後全国に広まったこと。回転寿司のコンベアを作る会社(シェア№1)が北陸にあるためこの地方では良い意味での競争が行われており、回転寿司としては全国的に評判が高いこと。増大する需要に対するすし職人の不足に対応するために機械化による省力化が早くから進められてきたことなどが語られる。

 

 少し古い本なので、データなども10年前ぐらいまでのものしかないが、それでも黎明期からの各チェーンの栄枯盛衰を見ることができるし、100円寿司チェーン同士はもとより少し高級なグルメ系回転寿司との攻防などもさらりと述べられている以上のものがあったに違いない。

 

 著者は「回転寿司評論家」を称して日々回転寿司を食べ歩いているような方で、タイトルには「経営学」と入っているものの本書にはいわゆる経営学の事は書かれていない。出版元が東洋経済新報社というのに首をかしげてしまうが、気楽に回転寿司業界の盛衰を読むにはよいかもしれない。

 

 回転寿司は100円系の「スシロー」「くら寿司」「はま寿司」「かっぱ寿司」等の大手がしのぎを削っているが、これからも継続していけるのだろうか? 100円寿司チェーンといえども1貫で100円とか3貫で200円といった従来の2貫100円均一から外れた商品(やや質の高いネタ)を提供するとともに、ラーメンやカレーなど寿司以外の(おそらく)利益率の高い商品を提供するようになってきている。これは客層の拡大が期待される半面、店舗オペレーションの複雑さを招くことになるし、寿司ネタ(2貫100円レベル)での差別化が難しくなっている証左なのだろう。寿司も食べれるファミリーレストラン化に舵を切っているような印象である。さて10年後はどうなっている?

 

「買い物難民を救え‐移動スーパーとくし丸の挑戦」

買い物難民を救え‐移動スーパーとくし丸の挑戦」

村上 稔著  緑風出版  2014年

 

 

 「とくし丸」という移動スーパーフランチャイズの創業記。

 以前からこのような取り組みについては知っていたが、順調に拡大しているという新聞記事に驚いて(失礼!)この本を手に取ってみた次第。

 

 買い物難民についてはずいぶん前から議論されていて、多くの地域で今後大きな問題になってくるものと考えられる。私はハイキングや釣りで山間部によく出かけるが、集落があっても店がない。近くにないというのではなく数キロあるいはもっと行かないといわゆる生鮮品を置いてあるような店舗がないところが多い。その集落の人たち(特に高齢者)は買い物をどうしているのだろうか? 車に乗って出かける? 子供が買い物に連れていってくれる? そういったところを通る際にはいつも気になるのである。また、たとえ街中であっても、高齢で体が不自由になってくると近くのスーパーにさえも出かけにくいという問題が現実にある。最近は大手コンビニが移動販売車を導入したり、自治体によっては補助金を出して移動スーパーを走らせたりする動きが報じられている。

 

 総務省が2017年にまとめた「買い物弱者対策に関する実態調査」によると、「買い物弱者」の定義は国としてもきちんと定まっていないようだが、「65歳以上の高齢者で自宅の500m圏内に生鮮食料品販売店がなく且つ自動車を保有しないもの(農林水産省)」という。主に行政側の対応をまとめたものになるが参考までに。

http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/107317_0719.html

 

 こういった事業の意義は極めて大きいと考えられるが、果たして収支はどうだろうか? やりがいだけでは食べて行けないし、特に民間が参入するとなればなおさらだ。私からすれば決して儲かるような事業ではないとみていたからこそ、この手の事業が拡大しているというニュースを見て驚いたのだ。著者は地元徳島で個人事業主としての移動販売スーパーの仕組みを作って実践し、FC化して全国に広げようとしている。地域のスーパーと組んで委託販売という形にすることで仕入れ・売れ残りのリスクをなくし、ルート販売による主に高齢者との顔の見える付き合い、そして場合によっては見守りの役割を担うなど、事業の利点・やりがいを強調した内容となっている。

 

 では個人事業主として参入価値のある事業なのか。

 「とくし丸」のHPでは収支例を載せていて、提携スーパーの募集内容なども勘案すると日販10万、ひと月あたり25日稼働というのが目安のようである。委託販売手数料は17~19%程度。この条件で事業主が得る売上はひと月当たり約45万円。そこからガソリン代などの経費を控除して約36万円が手取だという(年間約430万円)。HPには書かれていないが、現実にはここから国民健康保険料、国民年金保険料を支払い、期末には事業における税金も納めることになる。住民税の納付も必要だ。販売ルートを上手く組めれば上乗せが期待できそうだが、一人で周るのには限度があり、収支で言えば天井が見える個人事業。このシステムにおいて提携スーパーは販売機会の増大につながるし、FC本部も毎月のロイヤルティの確保が出来る一方で、会社の理念に共感して週休1日でやる個人事業者はしんどいのではないだろうか。もちろん体調を崩したりして休めばその分減収になる。

 

 まあ、上記のようなことを私がごそごそと計算していても、とくし丸の移動スーパーは2018年には300台を超え、各都道府県で順調に拡大中のようである。是非移動スーパーをやっている個人事業主の声を聞いてみたいものだ。

 

 この本の出版の後、2016年にとくし丸はオイシックスの傘下に入っている。

 

 

「サハラ砂漠 塩の道を行く」

サハラ砂漠 塩の道を行く」

片平 孝著  集英社新書ヴィジュアル版  2017年

 

 

 Google mapでマリ共和国の首都バマコを調べてほしい。そこから北東約1,000キロのRN33号線沿いに今回の旅の出発地トンブクトゥがある。砂漠の交易都市として栄えた有名な都市らしく息子はここを知っていた(私は初耳だった。恥)。そこから真北に約750キロの砂漠の中に目的地タウデニ岩塩鉱山がある。ぜひ衛星写真トンブクトゥ‐タウデニ間の砂漠を見てもらいたい。そして茫漠とした茶色の砂の大地の中にポツンとあるタウデニの干上がった塩湖の白さを。

 

 本書は塩の交易に魅せられた著者が古くから続くサハラ砂漠の隊商による塩の運搬ルートを踏破した紀行記。自らラクダのキャラバンを仕立て、2人の現地案内人と3人で広大なサハラ砂漠に足を踏み出す。片道約750キロ。往復で40日余り。砂漠特有の極端な昼夜の温度差。一日あたり13時間の行軍。襲撃への警戒。水や食料の欠乏。アクシデント。鮮明な写真とともに日本の国土とは全くかけ離れた環境での旅が綴られている。

 

 この記録は2003年のもので、15年も経ってからの書籍化の経緯は不明ながら、せっかくの行程が淡泊に描写されているため非日常感、過酷感などの臨場性がやや薄めな印象。また、編集や製本の事情もあるのだろうが、今回のような紀行記では一枚の写真が何ページもの文章に匹敵あるいはそれ以上の情報を第三者に伝えることができるはず。それらの写真がもっと掲載されていれば、もっと鮮烈な印象を読者に与えたに違いない。

 

 ともあれ、著者の長年の希望として温めてきた今回のキャラバン紀行。結果として60歳にしてサハラ砂漠を1か月以上もかけて旅をする(しかも徒歩とラクダに揺られて)ことになり、その行動力に感服するばかりである。最近のニュースでは三浦雄一郎氏が齢86にして高山(アコンガグア)のアタックを予定していると聞く。私もこのようなバイタリティを見習わなければなるまい。まあ、とても真似は出来ないけど、家にいるだけでは何も始まらない。

 

 

「バナナの世界史‐歴史を変えた果物の数奇な運命」

「バナナの世界史‐歴史を変えた果物の数奇な運命」

ダン・コッペル著  黒川 由美訳  太田出版  2012年

 

 

 バナナ。フィリピン等の南方系の果物で、青いうちに収穫されその後黄色く熟したものを食べるというイメージしかなかった。皆さんはバナナについてどのようなことを知っているだろうか。

 

 本書は主にアメリカのユナイテッド・フルーツ社が中米でバナナのプランテーション化を進め、そこで栽培したバナナをアメリカで販売してきた歴史を描いた力作である。

 

 さて、私は冒頭にも書いたようにバナナについてほとんど何も知らない。故に本書に書かれていることの多くは初耳で、おのれの無知に打ちひしがれることとなった。以下にまとめてみると、

 

・バナナメジャーはバナナのプランテーション化にあたって中南米の各国で積み出し用の港を整備し、鉄道を敷き、労働者のための町を作ったこと。

 

・その権益を守るために中米の政治にも大きな影響を与えた(介入した)こと。

 

・過酷な労働環境のため、労働者の健康被害労働争議が頻発したこと。

 

・大規模に流通するバナナは不稔性(種がない)であるが、塊茎からどんどん増やすことができる。故にいわゆる単一のクローン植物として栽培されることになる。これは取扱いが容易になる一方で、災害や病気などの影響を一斉に受ける危険性を併せ持つこと。

 

・20世紀前半に謳歌したグロスミッチェル種はパナマ病にやられてしまい姿を消したこと。

 

パナマ病に耐性のあったキャベンディッシュ種が現在の流通の主流であるが、この種もまたグロスミッチェル種と同様の危機に瀕していること。

 

・現在のバナナの食味に近い新しい(病気や自然災害に強い)品種を生み出す努力が各国で続けられているが、期待通りには進んでいないこと。

 

 以上。大変興味深く読んでいけるが、本書はかなり冗長である。三分の一くらいは削れるのではないかと感じるほどで、軽い読み物の類ではない。

 

 読後、世界のバナナの先行きが案じられるので(笑)、近所のスーパー・青果店をいくつか廻ってバナナの品種を確認してみたところ結果はすべて「バナナ」だった! 商品名は記載されているが、バナナの品種は表立って書かれておらず自分の目では確認できなかった。

 

 ところで本書を手に取った理由は昨年あたりから国産バナナが話題になっているのが気になっていたから。バナナは熱帯産の植物で日本での露地栽培は難しい。それを可能にしたのが岡山の会社で、凍結融解覚醒法という方法で処理すると熱帯性の植物でも耐寒性を得て日本で栽培が可能になるという。百貨店などで「国産モンゲーバナナ」(一本数百円!)として売られているのがそうで、このバナナはなんと既に世界の栽培シーンから消えたグロスミッチェル種だそうだ。パナマ病はカビの一種によるものであるが、このカビは日本の気候では増殖できないため病気の対策の必要もないらしい。遺伝子操作および遺伝子組み換え作物が一般消費者に受け入れられない以上、当面はそれ以外の手法で品種改良や栽培方法の検討をやっていくしかないのだろう。