「菌世界紀行 誰も知らないきのこを追って」
「菌世界紀行 誰も知らないきのこを追って」
星野 保著 岩波書店 2015年
「雪腐病菌」。これが本書の主人公である。
病の菌と書くため体に悪い「病原菌」を想像しがちだが、その本体は細菌(バクテリア)ではなく菌類(カビやキノコ類)に分類されるものである。菌類であるから胞子を作り菌糸を伸ばす。そしてこの菌類は雪の下に埋もれた芝やムギ科植物に感染し、雪腐病という病気を引き起こしてひどい場合には枯死させてしまう。
地球には極限環境生物といって超高温や高圧下で生育するものが見つかっているが、人間を含めてほとんどの生物はマイルドな環境を好む。極地方の寒冷地や砂漠地帯などの生物相は貧弱である。なぜならそれらに適応したものしか生育できないからだ。この雪腐病菌はその名の通り低温に強い生物で、低温かつ高湿度の環境で病原性を発揮する。この菌類に魅せられた著者は研究試料採集のために北欧から北極地域、シベリア、果ては観測隊員として南極まで出かけていく。
寒冷地、それも極寒の地での調査とはどういうものだろうか? 海外のそれもへき地での調査となるため基本的にはコーディネーター(現地の研究者)とともに寝泊まりしながら採集を続けていく。観光地に行くようなものではないため、各地でサンプルを採集しつつ移動・宿泊等での珍道中が繰り広げられていく。ときにはせっかく採集した試料の国外持ち出し禁止をくらったり、大型動物とのニアミスがあったり。
冒頭に主人公は雪腐病菌が主人公と書いたが、本書ではどう考えても著者のほうが主役の旅行記であり、雪腐病菌はそのだしに使われているだけかもしれない。それでもこれを読んで研究室に籠るばかりではない、フィールドワークを通じた研究に興味を持ってくれる人が出てくれば著者は本望だろう。たとえそれが菌類対象の研究でなくても。