今は本を読むことぐらい

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「美術品はなぜ盗まれるのか‐ターナーを取り戻した学芸員の静かな闘い」

「美術品はなぜ盗まれるのか‐ターナーを取り戻した学芸員の静かな闘い」

サンディ・ネアン著  中山ゆかり訳  白水社  2013年

 

 

 某ネット衣料販売会社の社長がバスキアを落札しているというニュースをみて、高額な絵画を手に入れるのはいいが、どうやって安全に保管しているのだろう?と要らぬ心配をしていたところ目についた作品。まあ縁起でもないか。

 

 イギリスのテートギャラリーからドイツのシルン美術館に貸し出されていたターナーの2作品が盗難にあってから、それらを取り戻すまでの過程をギャラリー職員の視点から描いたノンフィクション作品。

 

 盗まれた美術品を取り戻すための行動。警察は犯人逮捕とその裏の組織へのアプローチを第一目的とする。作品の所有者である美術館は純粋に絵画を取り戻すことを目的とする。そして保険会社は莫大な保険金の支払いを免れるため作品の行方を追う。それぞれの思惑のもとに捜査と作品所有者側との交渉が行われていく。高額の懸賞金に釣られた詐欺師の跋扈。保険会社と美術館との間での保険金や作品の所有権のやり取り。そしてエージェントを通じた作品保有側の窓口となる弁護士との粘り強い交渉。ここには美術品盗難事件の表に出ない交渉事が描かれている。しかも美術館職員(もちろん上役)自身が身の危険を顧みず交渉に直接・間接に関わるのは驚きである。経緯は比較的細かく書かれているものの、おそらくオープンにできない内容も多数あったのではないか。アクションやサスペンス風な描写はなく、淡々と8年あまりにも及ぶ捜索と返還交渉の物語(記録)が進んでいく。

 

 オークション全盛で美術品が巨額で取引されるようになったのも狙われる一因であるが、昔から名画と目される作品は多数盗難にあっている。ダヴィンチのモナリザムンクの叫び等もそうだし、絵画は宝飾品と違って破損しやすいため返還された場合でも良い状態を保っているとは限らない。また盗難後そのまま行方知れずになった作品も多いようだ。世に良く知られた作品は強奪しても金に換えるのは難しいとみられるが、裏の世界では単純な換金以外に高価な美術品の活用方法があるという。本書の後半では過去の盗難事件の考察などを通じて美術品盗難の本質を検証していて、美術館で作品をただ眺める私のような絵心の無いものにとってはいろんな意味で興味深い内容である。

 

 高額な絵画を手にすることができたとしても小心者の私では心配で夜もおちおち寝ていられないし、外を出歩く時も常に周りを警戒して疲れてしまうだろう。こういった美術品を所有するヒトというのはカネだけでない何かを持ち合わせているに違いない。